ニスの話 Part 2. 〜マルチャーナ・ニスの作り方
私の工房では、修理やアンティーク仕上げの過程でリタッチ*1する際にはアルコールニスを用いますが、製作では基本的にオイルニスを使用します。
「ニスのレシピ、特にオイルニスの作り方は他人には絶対教えない」
という方もみえるようですが、私は教えてほしいという人がいれば、渋りもせず教えています。
ニスの作り方を誰かに教えてもそれで全く同じニスが出来上がるかといえば、そんなことはないからです。それにレシピよりも、もっと重要なのは調合したニスをどのように使うかなので、仮に私が作ったニスを他の職人が使っても同じ仕上がりにはなりません。
この辺は、料理と同じですね。
樹脂をアルコールに溶かすだけのアルコールニスに比べて、オイルニスを調合するのは難しい、というイメージがありますが、そんなことはありません。しかし、ここで一つだけ、肝に命じておいて欲しいことがあります。
それは、安全に気をつけることです。
私が普段使うレシピは高温を使用するものではなく、火が付きやすいテレピン油も使わないので比較的安全ですが、それでも十分な注意が必要です。室内ではなく外で、いざという時のために消火器なども用意して行なってください。
用意する器具
- 電気コンロ
- 捨ててしまってもいいようなお鍋、もしくは、空になったトマトの缶など
- はかり:1g単位で測れるものならOKです。
- 火バサミ*2:缶を使う際に必要です。
- かき混ぜるもの:使わなくなったスプーン、太めの木の棒など、折れなければOKです。
- 温度計*3:高温が測れるもの。画像にあるものは400度まで測れます。
マルチャーナ・ニス
ここでご紹介するレシピは、松脂、マスティック、そしてリンシードオイルを使ったシンプルなニスです。マルチャーナ・ニスと呼ばれるものを基にしています。
<材料>
- 松脂: ドロドロの状態である生松脂のことではなく、固形化されたロジン、コロホニーなどと呼ばれるものです。
- マスティック: 柔らかめの樹脂です。
- リンシードオイル*4: リンシードオイルはコールドプレスドを用います。食用のものは避けてください。食用のリンシードオイルを使ったところ、できたニスに問題があったという例が何件か報告されています。
材料は全て『Kremer Pigmente』から入手しています。国内のお店からでも手に入りますが、少し割高になります。入手先、ブランドによっては名称が同じでも添加物が加えてあったり、品質にばらつきがあったりしますので、注意してください。
1. 適当な量*5の松脂を綺麗な鍋/缶に入れ、コンロで熱します。180〜200度の一定の温度で、計50〜100時間ほど調理をします。
4、5日通して熱し続けても良いのですが、さすがに夜間はそのままほかっておけない、という人が大半でしょう。毎日少しづつ熱して、夜には中断という方法で全く構いません。時間をかければかけるほど、松脂の色が濃くなっていきます。
入れ物に蓋をしてもしなくても構いません。
私は低温で時間をかけて調理をしますが、高温(300+)で短時間熱するという方法もあります。ただし、危険性が増すのと、注意を怠ると焦げてしまいます。しかも、調理中に発生する臭いが強烈です。あまりお勧めしません。
2. 鍋/缶からアルミホイル、またはベーキングシートを敷いたオーブン皿にドロドロの松脂を注ぎ、冷えるまで待ちます。
松脂は、冷えて固まると、ピシピシと音をたてて自然にバラバラに砕けます。あとは、これを適当な入れ物に入れておいてください。この状態で松脂は長期保存が可能です。ニスを調合する際に必要な分だけ取り出して使えばOKです。
調理前の写真と比べるとかなり色が濃くなっているのが分かります。
3. マスティックを松脂と同じように調理します。
ただし、マスティックの場合はあまり長時間熱しても得られる色の濃さには限りがあるようです。もともとの薄い黄金色から赤っぽい飴色になったら止めても良いでしょう。
低温で必ず調理してください。でないと、マスティックはすぐに焦げてしまいます。140〜160度くらいが良いでしょう。
写真では分かりにくいですが、調理後の松脂と比べると赤色が強いです。
4. 調理をした松脂とマスティックが用意できたら、次は必要なぶんだけ重さを測ってやります。
もっとも無難なのは、松脂:マスティクの重量比を4:1にすることです。マスティックの量を増やすと、出来上がるニスも柔らかめ、そして熱に対して反応しやすくなるので注意が必要です。
5. 次にリンシードオイルを用意します。初めて作るのであれば、樹脂(松脂+マスティック)と同じ重量のオイルを用意すればOKです。
オイルに対して樹脂の量が多ければ多いほど、磨いたときに光沢が出やすいニスになりますが、同時に脆くて剥がれやすいニスになります。逆に、樹脂に対してオイルの量が多ければ多いほど、塗りやすく、また、剥がれにくいニスになりますが、光沢は出にくくなります。
6. 綺麗な鍋/缶に適量のオイルと樹脂を入れ、コンロで熱してやります。この時に入れ物に蓋を絶対しないこと。
徐々に樹脂がオイルに溶けていきます。
注意するのは、高温を使用しないこと、また、長時間熱しすぎないことです。料理すればするほどよく油と樹脂が混ざると思うのは、プロの職人でもしがちな勘違いです。熱しすぎるとブツブツのジェリー状の塊ができてしまいます。
7. 樹脂とオイルがよく混ざったところで、火を止め、あまり目が細か過ぎない布、ストッキングなどで濾しながら、蓋が出来る瓶*6などに注ぎこみます。
ニスがまだ熱いときに濾すのは不安、という人は冷めるのを待ってからで構いませんが、ニスの温度が低いほど流動性が下がるので、濾しにくくなります。
テレピン油で出来上がったニスを薄める人が多いですが、私は一切薄めずに使用します。薄めれば薄めるほど塗り易く、乾きが早くなるというのは職人もよくする勘違いです。逆にテレピン油を混ぜすぎると塗りにくく、乾きも非常に遅くなります。
私がニスを塗るのは通常1~2層、多くて3層まで、です。
下地を処理した楓に顔料などで加色をしていないマルチャーナ・ニスを2層塗ったのが上の画像です。
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これで基本のオイルニスは出来上がりです。これをもとにしたその他のニスのレシピも順次アップしていきます。
これを読んで、まだ疑問があるよという人、また、ニスについて私に直接聞いてみたいよという人はぜひみささバイオリンワークショプに参加してみてください。希望者が多ければ現地で実演することも考えています。
新しいホームページでも、オイルニスのレシピなどを公開しています!