ヴァイオリン製作 あれ・これ

弦楽専門誌『ストリング』に「知っているようで知らない名器の逸話」を連載していたヴァイオリン製作家、木村哲也がヴァイオリンについていろいろお話しします。ホームページは www.atelierkimura.com

Giussepe Guarneri filius Andrea のコピー : スクロールと下地のお話し

現在、ジュゼッペ・グァルネリ・フィリウス・アンドレアのコピーであるチェロを仕上げています。

今回は下地処理を施したスクロールをお見せします。着色したニスを塗り始める直前の状態です。

 

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 意外と知らない人がたくさんいるのですが、ヴァイオリン製作に使う木材には、そのままですとほとんど色がついていません。顔料を使って加色したニスを塗ることで楽器に「色」をつけるわけですが、削りたての白い木にニスを塗ると、色が不自然に薄く見えてしまいます。赤いニスを塗ってもピンクにしかならなかったりするわけです。

  そこで、ニスを塗る前に木自体に色をつけます。いろいろな方法がありますが、コピーを作る際はオリジナルに近づけるために最良の方法を選択します。

  ジュゼッペ・グァルネリ・フィリウス・アンドレアや彼の父親アンドレア・グァルネリの楽器、特にチェロでは多くの場合、非常に濃い色の木地になっています。そこで、このコピーでは、一ヶ月以上外で日焼けさせたうえ、紅茶を煮詰めた液(タンニン)を使いました。

 

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  木が綺麗な黄金色になったら、次は目止めをします。目止めをしないとニスが過度に木に染みこんでしまい、そこら中にムラができ、大変なことになります。しかし、逆にきっちりと目止めをし過ぎると、今度は新作にありがちなツルツルとして平面的な仕上げになってしまいます。

  このチェロでは、普段使うオイル・ニスとパミス*1を混ぜ合わしたペーストを布でゴシゴシとすり込んで目止めをしました。パミスを混ぜることで、ニスが木に染み込み過ぎるのを防ぎます。それでも少しニスは木に染みるのですが、まんべんなく適度に染みこむので、木にムラが出来ることはありません。

 

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   画像からも推測できるように、このペーストはかなりドロっとしています。使っているニスには顔料などで着色してありませんが、透明無色ではありません。

 

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  さて、最初の画像とこの画像を見てもらうと、道具の跡が残っているのが分かります。このような「のみ」の跡は過去の名器によくあるものですが、これは彼らが下手だったから、というわけではありません。私は、あえて逆だと考えます。

  頻繁に「雑」だとされるグァルネリ一族の楽器ですが、作品に残された道具の跡をたどっていくと、彼らがいかに優れた技を持っていたかがすぐに分かります。自分の腕に自信がない職人には彼らが作ったような楽器は作れません。

  オリジナルも、このコピーも、機械的な意味で正確に作られた楽器ではありませんが、だからこそ見る人に、弾く人に、そして聴く人に語りかけるかのような特別な「何か」を持っている楽器になるのではないでしょうか。

*1:軽石をきめ細かくなるまですり潰した粉