ヴァイオリン製作 あれ・これ

弦楽専門誌『ストリング』に「知っているようで知らない名器の逸話」を連載していたヴァイオリン製作家、木村哲也がヴァイオリンについていろいろお話しします。ホームページは www.atelierkimura.com

失われたバイオリンデザイン

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新しいモデルのバイオリンにとりかかる際には、まず適切なモデルを過去に作られた楽器、大半の場合ストラディヴァリやグァルネリといった有名な名器、から選択し、その輪郭を写すという作業から始まります。そして、写した輪郭を修整し、それをもとに製作の基盤となる型を作ります。コピーを作るにしろ、普通の新作を作るにしろ、これが一般的な方法です。

 

 

新作を製作する際、経年変化によって擦り減ったり、もともと左右非対称に作られたオリジナルから左右対称の型を作るためには、経験に基づいた美的センスと勘をもとに輪郭を描き下ろす必要があります。

このような勘に頼らずオリジナルを製作した作者が意識していた形にたどりつけないでしょうか?

 

コピーを製作するのだったら、そのままオリジナルから写した輪郭を使えば良いのではないか、と思われるかもしれません。実際、そのような方法でも良い楽器は作れます。しかし、これではどうしてもオリジナルが持っている自然で活き活きとした雰囲気が出にくくなり、ともするとわざとらしくなってしまいます。

そこで、オリジナルを作るのに使われた型を描きだし、それをもとにオリジナルの作者が当時使っていた製作法で作るという発想はどうでしょうか?こうすれば、特定の楽器の形をそのまま真似することなく、その作者固有のスタイルを打ち出すことが可能になります。しかも、この方法のほうが無理のない有機的な作風になります。

では、どうすればオリジナルの作者が使っていた型を再現することができるのでしょうか?

 

また、ある程度経験を積んでくると、自分なりのオリジナルモデルをデザインしたくなります。今までだとやはり、ストラディヴァリなどの輪郭をまずは写して、それを自分の好みに直していく、あとは他の作者のモデルも混ぜて取り入れる、というようにやはり経験と勘を頼りにするしかありませんでした。

しかし、これでは結局、ストラディヴァリやグァルネリに自分のスタイルを加味したモデルにしかなりません。下手をすると、「これ、ストラドとグァルネリが混ざっていて混乱した作風だね」、などと言われかねません。かと言って、なんの楽器ももとにせず白い紙に適当に自分が思うままに輪郭を描いてデザインしたところで、画期的なデザインにはなるかもしれませんが、良いデザインにはなりません。バイオリン製作は伝統工芸なので、新しく突飛なものが良いとはされません。

では、伝統的な枠組みのなかで、自分だけのデザインを描きだすにはどうすればよいのでしょうか?

 

それには、16世紀〜18世紀前半に使われていたデザインの方法を使えば良いのです。そして、当時の製図法に現在もっとも近いと言われている方法を発見し、発表したのがフランスのバイオリン製作家フランソワ・ドゥニ(François Denis)です。

 

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「現在のバイオリンは目にたよってフリーにデザインされ、数字にたよって作られている。本来のバイオリンは幾何学をもとにデザインされ、目にたよってフリーに作られていたものだ。」 ーフランソワ・ドゥニ


ドゥニ以前にもバイオリンの形を幾何学的な方法で解析してデザインし、その方法論を発表した人はたくさんいます。しかし、あまりにも都合の良い解釈があったり、必要以上に複雑であったり、実際に使ってみると応用が効かなかったりと、机上の空論に終わるデザイン法が大多数でした。
では、ドゥニのデザイン法はどこが違うのか。それは、当時の歴史的背景に基づいた理論であるということ。そしてなにより、シンプルで美しいということです。

 彼のメソッドがどのようなものか興味がある人はこのページ で"viola Guarneri"をクリックしてみてください。アンドレア・グァルネリのビオラの型が描かれるアニメーションが見れます。

 

私が初めてドゥニのセミナーに参加したのは2000年のこと。まだイギリスでバイオリン製作を始めて2年の学生でした。そのときに受けた衝撃はいまだに忘れません。製作者として私がもっとも影響を受けた人物の一人です。彼から学んだのはデザイン法だけではありません。バイオリンに対する考え方を根本的に変えられました。

 

世界各地のワークショップに参加し、講師としての実力も高いフランソワ・ドゥニ。今回、みささバイオリンワークショップにて待望の初来日を果たします。


みささバイオリンワークショップ MISASA Violin Workshop in JAPAN