ヴァイオリン製作 あれ・これ

弦楽専門誌『ストリング』に「知っているようで知らない名器の逸話」を連載していたヴァイオリン製作家、木村哲也がヴァイオリンについていろいろお話しします。ホームページは www.atelierkimura.com

サザビーズがバイオリンのオークションをやめたのは

ロンドンにあるオークションハウスの老舗、サザビーズ(Sotheby's)が今年からヴァイオリンなどの弦楽器を扱わなくなったそうです。 

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私自身、ヴァイオリンのオークションといえばまず、サザビーズというイメージを持っていましたし、オークションの下見は勉強になるので、サザビーズには大変お世話になってきました。

ストラディヴァリなど、物凄く高価なヴァイオリンや各オークションの目玉である品は、他大勢の楽器が置いてある一階にある大きな会場ではなく、離れた静かなオフィスに保管してあるのが常でしたが、オークションに通い始めたころはまだ学生だった私に嫌な顔ひとつせず、気が済むまで手にとり、眺めさせてくれました。

そのサザビーズがヴァイオリンを取り扱わなくなるというのは寂しいニュースです。

 長年サザビーズの弦楽器部門を取り仕切ってきたティム・イングルス氏(Tim Ingles)とポール・ヘイデイ氏(Paul Hayday)の二人によって新たに起こされたオークション・ハウス「INGLES&HAYDAY」がサザビーズを会場としてヴァイオリンのオークションを定期的に行うそうなので、実質的にはほとんどその影響を感じないのかもしれませんが、業界にとって大きな変化であることには変わりません。

 最近のヴァイオリン・オークションでは1回あたり3〜4億円程度の売上、非公開で売られる*1プライベートセールスの売上を含めると年商15億円ほどと聞くと、「なぜ、やめるんだろう」と疑問に思いませんか? 

昨年10月に行われたサザビーズ最後のヴァイオリン・オークションでは約2億4000万円の売上でした。大成功といえるオークションではなかったようですが、同時期に開催された他のオークション・ハウスの結果と比べてもまあまあの成果。『知っているようで知らない名器の逸話』でも取り上げたサント・セラフィン(Santo Serafin)が約4千600万円で落札されています。

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しかし、弦楽器業界から視点を移し、サザビーズが催す他の分野のオークションに目を向けると、同月に開かれた20世紀イタリアン・アートのオークションでは約22億円の売上を、さらにこれまた同じ月に開催された現代美術のオークションでは約78億円の売上を出しています。

この数字を聞いてしまうと、ヴァイオリン・オークションでの売上がいかにちっぽけなものであることが分かりますね。芸術品の他に不動産も扱うサザビーズは企業全体で年商が5千億円以上と聞きますから、年商15億円の部門が切られるというのも納得してしまいます。

 しかも、弦楽器を取り扱うのは決して楽ではありません。絵画などとは異なり、美術品としての美しさだけではなく、道具としての性能も問われますから、下見会では手に取ってコンディションをチェックしますし、試奏する人もたくさんみえます。利益率も他の品に比べると低いのでしょう。

ストラディヴァリは高い、グァルネリも高い、などとよく言われますが、こうしてみるとそれほどでもないのですね。もちろん高価なことは確かですが、それは私達がヴァイオリンを音楽を演奏するための道具として見てしまうからでしょう。一つの芸術品としてとらえると、まだまだお得な値段なのかもしれません。

*1:サザビーズでは2004年からプライべートセールスが行われていました。